『機動戦士ガンダム』を全話語ってみる(第41話)

第41話 光る宇宙



脚本:松崎健一
演出:貞光紳也
絵コンテ:貞光紳也
1980年1月12日放送



-グッと来たセリフ①-

「~大佐、今日からノーマルスーツを着けて
出撃なさってください(ララァ・スン)」

「…うん、ララァがそういうのならな。
(シャア・アズナブル)」




-グッと来たセリフ②-

「なぜっ?! なぜなのっ?! 
なぜあなたはこうも戦えるのっ?!

あなたには、守るべき人も守りべき物も
無いというのに…!!(ララァ・スン)」


「守るべきものが無いっ?!(アムロ・レイ)」


「私には見える、
あなたの中には家族も、故郷も無いというのに…!!
(ララァ・スン)」


「だからっ、どうだっていうんだっ!
(アムロ・レイ)」




-グッと来たセリフ③-

「なぜっ、なぜなの!
これが運命だなんて、酷過ぎるわっ!
(ララァ・スン)」






-あらすじ-

ア・バオア・クーに向って進軍するホワイトベースに、
再度シャアのゲルググとエルメスが攻撃を
仕掛けてくる話です。



ジオンの興亡/第1弾/Z1-051/M/ララァ・スン/刻が見える...!/パイロット
ジオンの興亡/第1弾/Z1-051/M/ララァ・スン/刻が見える...!/パイロット




-感想-

この辺りから、ニュータイプに関する会話などが
ホワイトベース内でも繰り広げられることになるのですが、
私はこの時点での「ニュータイプ」に関する認識というものは、

アムロの台詞にある

「でも、ニュータイプといっても、
僕は特別な人間じゃありませんよ。

これだけ戦い抜いてきたホワイトベースの
みんながニュータイプなんです。でなければ、
勝ち抜けなかったはずです」

という以上のものではないような気がします。

なんというんでしょうか、「ニュータイプ」って、
そんな人の革新論とか、進化論とか、そういう
大袈裟なものではなくて、

もっと身近なことなんではないのかな、と。


アムロは第2話で
「やれるとは言えない、でも、やるしかないんだな」


と、自らに課せられた過酷な状況を
(嫌々ながら)受け入れていますが、

アムロと同じように過酷な状況に逃げずに立ち向かい、
そして乗り越えて行ったことで、ホワイトベースの皆が、
特別な強い力を得ることが出来た。

それが「ニュータイプ」ということなんだと思います。

「ニュータイプ」の概念は、
映画版、「Z」を経て、微妙に変化していきますが、

ファーストの時点で根底に流れている
大きなテーマのようなものは、個人的には
そういうことなのではないのかな、と思います。




今回でエルメスのララァとの戦いは
ケリが着くのですが、うーん、「Z」のレコアをより
純粋にするとララァになるのかな。

ララァの戦う為の動機って、そんなにレコアと
変わらないような気がします。

そういうことを、無線を使わず、
顔を合わせたわけでもなく、声に出して伝えたわけでもなく、
意識の中で分かり合えたから、

アムロにとってララァは特別な存在、
ということになるのかな。




そのあと、すぐにシャアから、
ガンダムを討ちたいから、私を導いてくれ! 
との意味の言葉を受けるのですが、

ララァは躊躇してしまっていますので、
アムロとの出逢いが何らかの心境の変化を
もたらしていたのかもしれません。

『ニュータイプは戦争の道具にしかなり得ない』
というのは、「Z」以降で展開された物語ですが、

シャアもララァの
「今日からノーマルスーツを着て出撃なさって下さい」

という、指示というかお願いのようなものを
無視してゲルググに乗ったわけで、

そういう意味では、シャアもララァを
戦闘の道具としてしか扱っていなかったような
気がするんですけどね。

シャアは、そういう扱いもあって
どこかしら敗北感のようなものを感じて、

のちのちにアムロにララァを盗られたって
意識になって行き、最終的に「逆襲のシャア」に
繋がって行くのかな。




それはともかく、シャアの駆るゲルググは
ガンダムにまるで歯が立たず退けられ、

ホワイトベースによって
母船であるザンジバルは沈められで、

ひょっとしたらここから
「地に堕ちた赤い彗星」の話が
始まるのかもしれません。

話の最後に、「ソーラーレイ」が
発射されることになります。
(初出:2007年12月17日)

いまはおやすみ - 戸田恵子
いまはおやすみ - 戸田恵子






-2021年2月7日追記-

今回のグッと来たセリフ①は、
物語のこの後の展開や、本作の後に続く、

『劇場版』、『Z』、『逆襲のシャア』辺りを
事前に視聴していると、色々と興味深いものが
あるように思います。

結局、今回のララァからの直々の申し出も
返事はしたものの実際は拒絶をしていて、

ある意味ここでもララァを突き放して
しまってるんですよね。

その辺のシャアとララァに対することは
ちょっと文量が多くなりそうな予感がするので
最終回の感想辺りにまとめようかと思います。




さてさて、そんな訳で
今回のグッと来たセリフ②なんですが、
思わずララァのセリフに

「これってワタシのこと…??」
受け取ってしまいそうになりましたが、
それはさておき、

劇場版では、
「~人を愛してもいない」
まで言われちゃってんですよね。

劇場版は他にも、

「なぜなのっ?! なぜ遅れて私はあなたに出逢ったのかしら」

「出逢えばわかりあえるのに…
なぜこういう風にしか逢えないのかしら…
あなたは私にとって遅すぎて」

というララァのセリフに対してアムロは

「僕にとってあなたは突然過ぎたんだ、
人同士ってこんなもんなんだよな」

と応えているんですけど、正直この辺りの
アムロとララァの関係性ってわかりにくくて、

冨野由悠季監督原作の小説
『密会-アムロとララァ-』を読んでも
私としてはよくわからなかったのですけど、

おそらくは、一見心を開らいているようで
自らの殻の内側を決して明かそうとしないシャアよりも、

同じ目線で話をすることが出来たアムロの方に
ララァは惹かれていったのでしょう。

だからこそ
「人は変わって行くのね、私たちと同じように」
とララァは今際の際の心境をアムロに伝え

「~人はいつか時間さえも支配することが出来るさ」
と、お互いの機を逸した出逢いに対する運命の悪戯を
慰め合ったのではないでしょうか




例えるならば、『Z』でいう、
カミーユ、サラ、シロッコの三角関係に
近いように思います。

「~でも、あなたより先にパプティマス様に
出逢ってしまったから…っ!!」

人は同じ過ちを繰り返し、人類の覚醒は未だ遠い

…と話が逸れてしまいましたが
アムロとララァの繋がりに対する
個人的な認識はそんなところです。




ララァ・スンというと、その出自が

主に冨野監督系の作品では、
高級将校が訪れる売春宿の娼婦だった彼女を
シャアが身請けした、という設定で、

主に安彦良和系の作品では、
貧しい家族のためにカジノでその能力を
生かして大金をせしめ、

そのディーラーであるギャングから狙われたところを
シャアに助けられた、という

二つの設定があるようなんですが、
私としては、どちらも真実である、
という解釈をしています。

というのも、ララァを軍に入れる際、
売春宿から連れてきたとなると、華麗なる
シャアの面子に泥を塗るように思えて、

表向きには貧困から救うという建前にした方が
ジオンのプロパガンダとしても使えるように思えて、

いわゆるこちらの方を"方便"として
使用したのではないかと。




実際のところはどちらが真実なのかは
分かりませんが、

元娼婦でなければ
「私のような女…」
とララァは自らを卑下するような
言い回しをしなかったでしょうし、

人間の三大欲求の中の一つである"性欲"、
ひいては人類の存亡にかかわる

生殖に繋がる欲望を自由に操ることの
出来る能力に神秘性を覚えていたりするので、

そのような環境から"覚醒"することも
決してあり得なくはないのでは、と
個人的には思っています。















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