『宇宙戦艦ヤマト2199』の感想(ちょっとだけ)第26話

第26話 青い星の記憶



いやいやいや、まさかの最終回でした。
最後の最期で、まさか

宇宙海賊
キャプテンハーロック


の影響が入るとは夢にも思いませんでした。

“影響が入る”と書くと語弊があるかもしれません。
リスペクトとかオマージュとかそういうことではなくて
ただ単に、“なぞった”だけなんですけどね。

そうですか、沖田艦長をトチローにしましたか。
確かに以前、影響を受けるべきは西崎義展氏や
松本零士先生と書きましたけどね。

しかし果たして両氏は、
ここで魂を受け継ぐガジェットとして
機械化という手段を選択したでしょうか。

人それぞれ受け取り方は違うとは思いますけど
沖田艦長の死は、一つの世代交代の
象徴だったと私は解釈しています。

本来であれば、対比する形で古代進と雪の奇跡に
それが集約されていたのに、

わざわざ別の乗組員の結婚話を持って来たりして
ただでさえ軽くなったエピソードがより
ペラペラになってしまっていました。




他にも、古代守を死なせる必要性はあったのか?
奇跡に理屈付けは必要だったのか? 

死んだり、生き返ったり、死んだはずなのに
意識は残ってたりで人の生き死にを都合よく
軽々しく扱ってはいないか、

など不満は限りないのですが、全ては出渕版は
比較的原典に忠実だった前半はともかく、

後半は、意地でもオリジナル版と同じ物語には
させないようとしたのか否定的な視点で描かれたのが
ことごとく悪い方向に弾んだのだろうと思います。

それが結局は、ヤマトを観ているはずなのに
伝説巨神イデオン、エヴァンゲリオン、

∀ガンダム、ひいては、宇宙海賊キャプテンハーロックを
連想させる結果に繋がってしまったのでしょう。

ヤマトは“ヤマト”なんですから、
しかも、他作品には無い揺るぎないものを
持っているのですから

素直にヤマトを描いていればこんな
齟齬は生じなかったと思うのですが…。








全話、というより、第1話以外
すべて視聴し終わって思うのは、

オリジナル版はアニメの枠を超えた
広く一般に受け入れられた名作だったのに対して、

出渕版はそれが許せなかったのかヤマトを
アニメ好きによるアニメ好きの為のアニメという

極めて狭い範囲内のカテゴリーに戻そうと
したように思えてなりません。

その方向性への是非は何とも言えませんが、
それを目標とした完成度でいえば結果は
大成功だったと思います。

しかし、だからなのか出渕版のヤマトは
オリジナル版と比較すると子供向きの
印象を強く感じます。

言い方を変えればオリジナル版の非常に
尖がった部分が朝日新聞の監修を受けたのかのような

あるいは、米軍の検閲を受けたかのような
内容に改変されたとでもいうべきか。

なんとなく、悪い意味で教科書に乗りそうな
物語に改変されてしまったように思います。

オリジナル版の映画では、ラストシーンに


『西暦二二〇〇年九月五日
宇宙戦艦ヤマト生還

生存者六十七名
死亡者四十七名

そして地球はもとの青さを取り戻した』


と表示されるのですが、出渕版は
生存者と死亡者の表記がありません。

劇中も、ガミラスと比較して極端に地球側の
戦死者の描写が抑えられているような
印象を持ちます。

そして、ガミラスとの決戦では解放軍と化してしまうヤマト。

私の脳裏にはアフガン戦争やイラク戦争を
戦った米軍が思い起こされました。

終戦直後は別として、その後アフガニスタンや
イラクでの米軍はどうなっていったでしょうか。

オリジナル版ではスターシアの
「~しかし、地球を救うのは結局はあなた方です。

はるばるイスカンダルまでやって来させて
あなた方の勇気と力を試したりして
すみませんでした。

でも、明日の幸せというものは自分の力でしか
獲得できないものですからね」


というセリフがあるのですが、ヤマトに“解放”された
ガミラスの人々は“明日の幸せ”というものを
手に入れられたのでしょうか。

出渕版は戦争ではなく、まるで政府広報のような
表層的な革命劇を描いたように見えてなりません。

こういう内容だったら、
宇宙空母インディペンデンスという
タイトルでも良かったんじゃないでしょうか。

宇宙を行く船がヤマトである
必然性というのをあまり感じません。








対して、オリジナル版なんですが、
もちろんガミラスとの決戦では勝利をおさめます。

しかし、それは徹底的に破壊の
限りをつくした戦闘での“血塗られた勝利”
でもあったのです。

以下は、オリジナル版のセリフです。



~古代は知った。
宇宙の一つの星が今、死んだのだ。


「俺たちは小さい時から人と争って勝つことを教えられてきた。
学校に入る時も、社会に出てからも、人と競争し
勝つことを要求される。

しかし、勝つ者がいれば負ける者もいるんだ。
負けたものはどうなる? 負けた者は
幸せになる権利はないというのか?

今日まで俺はそれを考えたことはなかった。
俺は悲しい、それが悔しい!

ガミラスの人々は地球に移住したがっていた。
この星はいずれにせよおしまいだったんだ。

地球の人もガミラスの人も幸せに生きたい
という気持ちに変わりはない。

なのに…! 我々は戦ってしまった!

我々がしなければならなかったのは戦うことじゃない!
愛し合うことだった!

勝利か…
クソでも喰らえ!」






オリジナル版は安易な勝利を描いてはいませんでした。

勝ったのに、

「クソでも喰らえ!」


と古代進は嘆いているのです。

しかし、それは、戦いに勝利を収めなければ
辿り着けなかった境地でもあるのです。
人類とは愚かなものなのです。

このような現実的な視点があったからこそ、
オリジナル版はアニメの枠を超えて広く一般に
支持されたのだと私は思うのですが

この要素が出渕版にはぽっかりと抜け落ちていて、
地球人も、ガミラス人も、イスカンダル人も

殆どの生き残ったキャラクターみんながみんな
“過ち”というものを犯さないであろう文部省推薦的な、
あるいは学校民主主義的な

よい子


になってしまっているのです。

その辺が理由なのか、
殆どの登場人物にあまり人間味の
ようなものを感じません。

それは、設定が活かし
切れなかったドラマ部分の弱さもあるでしょう。

物語るつもりが、単に設定の絵解きに
なっていたこともしばしばありました。

出渕版の欠点は理屈ばかり先走って
心がおざなりになっているところなの
かもしれません。

結論としては出渕版は

「理屈としては正しいかもしれないが
物語としては間違っている」



この言葉に尽きると思います。




とはいえ、誰がどのように作っても
絶対に批判が出るであろう名作

『宇宙戦艦ヤマト』

をディレクションされた勇気は敬意を持って
称えたいと思います。

2014年に映画化もされるようですが、
願わくば原典であるオリジナル版の方にも注目が
向かって再評価に繋がれば、と期待しています。


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