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私の家系というか、一族というか、とにかく親戚一同は女性が多くて男性があまりいない。 事実、実家では男性は私と父以外はおらず、飼っている犬までメスなのである。 そういう環境なのだから、私の書くブログには母親のことは頻繁に登場しているのかもしれないが、父親のことは今まででまったく書いていないはずである。 これは、小学校の3年生〜4年生あたりぐらいから父が夜勤をし始めたこともあって、あまり日常生活の中で接する機会が極端に少なくなったことも影響していると思う。 しかし、だからといって父は私にとって影の薄い存在ではない。 断じて影の薄い存在ではないのだ。 父は、鉄道員だったのだ。 運転士だった。 安全で、正確な運行のためには、泊まり勤務をしなければならないのはやむを得ない事だった。 私の鉄道に対する並々ならぬ興味はここから来ているといっていい。 私は、一度だけ父が実際に働いているところを見たことがある。 それは、家で見せる姿とはまったく異なっていた。 「あれ…? 親父って、こんなカッコ良かったっけ…?」 その時はたまたま友達と一緒だったのだが、友達もカッコいいと言ってくれた。 制服を着た父からは、家では見せることのない凛とした、たたずまいを感じていた。 子供の頃に、両親の職場や働いているところを見せるのは、とても良いことだと思う。 そうすれば、自分ひとり何の助けもなく生きているんだという増長は生まれてこないだろう。 そして、人と人との繋がりあいの中で自分は生きているんだ、生かされているんだ、ということが実感できると思う。 私は、父が家族とともに過ごす時間を犠牲にしてまで守り続けた鉄道を、父と同じようにこれからも愛し続けるだろう。 残念ながら、同じ道を進んで父を乗り越えるという目標は叶わなかったが、男にとって父親は人生最大のライバルであるという点は、今も変わらない。 思い出を振り返れば、必ずしも「出来た」父親という訳ではない、としても。 |
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